76.日光クリーンハイク・寒沢宿経由太郎山 2367.5m
期間:2003.6.1 天候:曇り時々雨 地図:男体山.日光北部
メンバー:CL安藤・SL松本・池田・黒巣・鈴木隆
コースタイム:三本松駐車場4:30−新薙手前鷹巣沢入り口5:00−寒沢宿7:30−8:00
―寒沢薙取り付き8:10−太郎山頂10:50−11:20−鷹巣沢入り口13:30
−13:45−三本松駐車場14:00
山行記録:男体山から赤薙山への日光連山から一人離れて寂しく聳え立つ太郎山。戦場ヶ原からのその山容は、特に美しく眺める事が出来る。
今日は久し振りに、山の会の定例山行クリーンハイクに参加した。女峰山と太郎山への2組のクリーンハイクが企画され、私は安藤リーダーの元、太郎山コースである。
メンバーは男3人、女2人の5人パーティであった。かねてより一度は訪ねてみたく思っていた、修験者の遺跡、寒沢宿跡とそこに佇む金剛童子像。これらは安藤リーダー達が苦労の末発見したものであった。今回の太郎山クリーンハイクに、この寒沢宿が組み込まれていたので、是非にとお願いして、参加させて頂いた。
現在の私は、藪山等登山道のない山歩きを続けてはいるものの、沢登りやロッククライミングは全くしていない。みんなの足手まといになってしまう不安があったが、快く受け入れて頂いた。それだけに、私は遅刻ご法度である。
昨日は30年振りに、この時期には珍しい台風来襲。そんな中、仙台での取引先とのゴルフを日帰りでして来たが、疲れたなんて言ってはいられない。
目が覚めたのは時間的に早すぎる気はしたが、遅刻するよりは良い。早速出発した。途中コンビニに寄ったりして、到着したのは定刻4時の15分前であった。
やがて全員が揃い、松本さんの車に乗って、登山口の鷹巣沢入り口の堰堤下に駐車した。
先程までなかった雨が降り出し、雨具上下を着る。さらにハーネス、ヘルエットも装着して出発した。
今日のメンバーの中では、私だけが沢登りやロッククライミングをやっていない、一番の未熟者であったから、常に後ろから2、3番目でついていった。
リーダーの安藤さんは、寒沢宿は6度目との事で、沢の状況は熟知していても、一冬を過ぎると、沢は微妙に変化しているという。やはり日光は火山地帯であったから、沢は崩れやすく、日々変貌しているのだろう。
小雨の降る鷹巣沢左俣は冷たく、残雪が時々残っていた。冷たく寒い沢であるから、この沢を寒沢といい、さらにその奥に位置する宿坊であったから、寒沢宿と呼ぶのではなかろうか?とこれは安藤リーダーの推察であった。
この寒沢はほとんど水が流れていない、涸れ沢のような沢であった。
やがて10m程の滝に出会った。リーダーがザイルを取り出し、後続の人へこれを固定する。ただ待っているだけでは寒くなって来た私は、ここは高巻きをした。左岸の岩を掴み、これを突破した。しかしながら、これは失敗であった。やはり沢登りのスリルがなく、沢登りの醍醐味が無くなってしまったからだ。以後高巻きはよした方がいいと思った。
ゴルジュがさらに続き、再び10m程の滝が現れた。ザイルを出してもらい、今度は素直にこれに頼って、岩に取り付いた。久し振りにハーネスやカラビナ等の厄介になったが、ここは難易度の高い岩場ではなく、スリルは今一つであった。
私は時々、谷底より見上げて両側の崖上に咲く、シャクナゲの美しさに見入っていた。
さらにザイルなしで、楽しい沢歩きを続けた。
沢の方向も北へと向きを変え、やがて沢も緩やかな勾配に変化した。寒沢宿が近づき、沢を離れ、鬱蒼としたシラベやコメツガの密生した、樹林帯の中へ入って行った。地表は杉苔等で覆われ、一人ではとても寂し過ぎる山中であった。今日は5人パーティであったから、時々笑い声も山中に響き、楽しいものであった。
一列となって、歩き進んだ。今はここを訪れる人もかなり増えたらしく、樹林の中を、北へ向かった小道が、踏み固められていた。もう少しで寒沢宿らしい。すると、安藤リーダーが、初めてここを訪れる私達を、先へと送り出してくれた。これは寒沢宿の感動をより深く味わって欲しいとの、リーダーの心使いであろう。初めて寒沢宿へやって来た3人が先行した。標高1879m地点で、ここだけが樹林がなく、苔むした広場に到着した。
これが寒沢宿の宿坊跡であった。時に7時30分、石組がわずかに残り、建物周囲にめぐらされた排水溝跡も確認できた。目的の一つでもあった、金剛童子像は北方の石段を5段程上がった、約1m高い場所に立っていた。
その表情は実に福よかで、温和な顔をしていた。1m近くの石像は大変素晴らしい像であった。建立は享保年間と刻まれていたから、徳川吉宗の時代である。しかし、そんな歴史を感じさせない崩れの少ないものであった。
食事を取った後、今日の目的であったクリーンハイク、ゴミと空き缶拾いを始めた。
ここは日光国立公園内であったが、過去には樹木の伐採作業をしたらしく、その時のものと思える、スチール製ジュースの空き缶等が拾えた。
良く見ると、周囲には鹿に樹皮を食べられ、既に立ち涸れてしまったものや、この冬に食べられたばかりの痛々しいシラベ、モミ、コメツガ等の樹木が多く見られた。
いよいよ太郎山への登りであった。南東より一気に太郎山頂に突き上げる沢、というよりも薙ぎを辿って登って行った。ここの両側は、崩落と落石の恐れがある地形で、山頂までは標高差500mの登りであった。特に降雨時は要注意であったし、ヘルメットは必需品であった。これはリーダーからも注意されていた。
ザイルを使う所も2ヶ所あったが、むしろ、小雨が降り続いて、地盤はゆるんでいたから、浮石や足場の悪さの方が注意を要した。
標高差500mはやはり、簡単に登り切ることは出来なかった。2時間以上を費やして、やっとこの薙ぎを突破出来た。樹林帯に近づいて一休みした。
最後の樹林帯の登り、シャクナゲの藪もあったが、ここも鹿達の踏み跡が多く、これを辿って登り続け、10時50分太郎山頂に飛び出した。ガスが覆い、周囲は何も見えなかった。
昼食休憩とした。この山頂に来たのは、5年振り5回目であった。
休憩後、再度のゴミ拾い、空き缶拾いの開始である。そんな中2人の男性が山頂に到着した。今日初めて会った登山者であった。
今度は新薙コースで、お花畑へ向かった。噴火口跡といわれるお花畑には、周囲に残雪があり、中央を行く登山道は川のようになっていた。
古い空き缶やゴミを回収しつつ下って行った。今は登山道でゴミを見つける事は少なくなったが、それでも時々吸殻やペットボトルが落ちていた。
新薙を横切り、標高が1800m、寒沢宿とほぼ同じ高さより、東へ登山道をそれ、樹林帯へ入って行った。さらに鷹巣沢近くの樹林の中を西にトラバースしつつ、下って行く。ここには古い峠道があったといわれていた。かすかにそれらしい道型もあって、これを辿った。やがてこれも判らなくなった。しかし、予想もしていなかった、素晴らしいシャクナゲの群生地に入り込んだ。今が花の最盛期であった。こんなに見事なシャクナゲの大群生地が、太郎山の登山道近くに存在していたとは、まるで夢のようであった。
満足感と幸福感を胸にして、無事に車に戻れた。急ぎ雨具だけを脱いで、みんなの集まっている戦場ヶ原、三本松に向かった。