38.関東の高野山を訪ねて・行道山     441.7m


期間:2002.6.30  天候:晴れ  単独行  地図:足利北部
コースタイム:行道山浄因寺下駐車場10:30―寝釈迦像11:00−石尊山頂11:20-11:30−大岩山(剣ヶ峰)11:50−大岩毘沙門天12:20-12:30−両崖山13:10
13:30−大岩山14:20-14:40−石尊山15:00-15:10−駐車場15:40


山行記録:足利の奥、関東の高野山とも言われる行道山、しかし山名は正しくは441.7mの石尊山である。行道山は浄因寺の山号で714年行基上人の開基と言われる名刹である。昨日は那須の南月山を沼原湿原より登る周回ハイクを楽しみ、併せて白笹山と黒尾谷岳をも登った。梅雨の切れ間、今日は雨も無い。晴れ時々曇りといった空模様だった。私は94年4月、行道山から大岩毘沙門天へと一度来た事があったが、以来ここを訪れた事はなかった。
遅く宇都宮を出かけたので、登山口の浄因寺駐車場を歩き出したのは10時半となっていた。杉木立の中、石段をゆっくりと登り続けた。上からお参りを済ませたカップルが降りて来て挨拶を交わした。ここは登山スタイルが不似合いの信仰の厚いお寺だった。山門を潜りさらに急な道を登って行った。
展望の良い地点に4人が早昼食を取っていた。石造の可愛い姿の寝釈迦像があり、先ずは拝礼を済ませた。
さらに少し登った所が仏法僧峠で、稜線に到達した。三角点のある石尊山見晴台、ここが山頂であるが、通称は行道山と寺号での呼び方となっている。ザックを降ろし、周囲の山々を見渡した。以前来た時は群馬県の山々を初め、秩父の山、関東平野等見渡す事が出来て感激したが、やはり梅雨のこの時期は霞んで、今一つ鮮明ではなかった。
15分後、次の大岩山を目指して腰を上げた。
20分程進むと、ベンチの置かれたピークがある。ここが剣ヶ峰、大岩山頂だった。
私はそのまま桧の樹林帯を下り続けて、大岩毘沙門様に拝礼した。ここへは車でも登って来られるので、お参りをした人達が休んだり、カメラを構えたりしていた。この毘沙門様は信貴山や鞍馬山と供に日本三大毘沙門様の一つとの事。又、おおみそかの悪態祭りはテレビやラジオのニュースで知っていたが、ここで行われていたのは知らなかった。
車道や参道はあるものの、両崖山への指導標は見当たらない。土産店のおばさんに聞いたら、車道を直進すると登山道に合流するとの事、これは剣ヶ峰を直進して下った尾根であった。
やはり、車道歩きよりも登山道の方が気持ち良く歩ける。歩道は標識も階段等の整備された道だった。周囲の緑は色濃く、オゾンを一杯吸い込んで歩き進む。前方に小高いピークが見える。三角点があり標高は274.4m、石尊山よりも167m低く、帰路はこれを登り返さねばならないが、先ずは両崖山である。次のピークで男性二人が休んでいた。どこが両崖山かを尋ねると、後二つ先のピークです、と教えてくれた。それは先程見えた緑の茂ったピークで私が予想していたピークでもあった。
アップダウンもさしたる事もなく歩き続けると、思いもよらない立派な林道へ飛び出した。これを横切り、ふうふうしつつ登り切ると、大きなお社が奉られ、シイノ木が生い茂った両崖山頂に到着出来た。
ここは藤原秀郷の子孫、足利成行築城の足利城跡であったと、立て札にて説明されていた。
ここ迄は山登りをしたと言うよりも、山を降りて来たとの思いが強く、妙な気分だった。
3人の先客はいずれも織姫神社へ下る人達だった。
私は記念の写真を撮った後、おにぎりを食べた。
一人今来た道を帰る。といってもこれからが山登りの始まりだった。先程、両崖山を教えてくれた男性と挨拶を交わし、再び黙々と大岩山、剣ヶ峰へ登り進んだ。
14時20分到着した山頂、ここは既に薄暗い寂しい頂となっていた。一応記念のシャッターを押した。ここまで来れば、山行の残りはわずかである。
再び寝釈迦様に拝礼し、さらに浄因寺の石段を下り、駐車場に戻ると、私の車だけがポツンと寂しげに残っていた。
田沼町へと帰る途中、車を停めて振り返れば、行道山から大岩山、両崖山へと続く山並が田園地帯の向こうに大きく横たわって見えた。
今回の山行は余り人に薦められないコースの取り方だったが、友人と二台での交差ハイキングならばこれは解消出来る。単独行では非効率的山行となっても致し方ない事だった。